詰め込み主義の功罪

「ゆとり教育」から「脱・ゆとり教育」の時代になりつつあり,個人的に思うことを綴っていきます。
高度経済成長期の日本の教育は,まさに『詰め込み主義』でした。『詰め込み主義』の利点である知識量勝負の形に持込み,その知識量をふんだんに活用して日本が成長していったのが1980年代までの話,だと私は感じています。その時代は,他国の良いものを取り入れる事による成長でした。
1990年にバブル崩壊。ここからの日本は,まさに迷走状態の日本,と感じています。現在もそうであると感じます。
『他国の良いものを取り入れる事による成長』には限界がある,ということです。『クリエイティブ(創造)』という言葉がキーワードになるでしょう。前者は受動的,後者は能動的な活動です。
こうなると知識量も大事ですが,それ以上に創造する力・物事を広い視野で見る力が必要になる,と私は感じています。
———–
数学教員として思いますが,ただ単に問題をたくさんやらせて,解法パターンを暗記すれば良いのか,と思うのです。
もちろん必要なのです。ただ,それだけでは限界があるのでは,と感じています。特に難関大入試になると,顕著に出てきますし,本当の『学問』をやる上では,その次が求められます。
だからこそ,『1問を大切にして欲しい,もっと深く見て欲しい』のです。教科書の1問,模擬試験の1問,大学入試問題の1問には,それぞれ強いメッセージが込められているものだと,私は感じています。そのメッセージをしっかりと受け止めて欲しい,と指導していて思います。
ただ問題になるのは,『1問を深く見る』ためには広い視野が必要。そのためには,ある程度のことは知っていなければならない。だから先取り学習になる(特に中高一貫校)のでは,と感じています。ただし,脳の構造上,極端な先取りは大きな弊害を生みますが・・・
低学年で何かいい方法がないか,と現在模索しているところです。悩んでいます・・・

コメント